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2005年7月

2005年7月31日 (日)

センプレ・アタッコ1周年

Bsf7rrkk
今日、はじめて美容室というところにいってきました。
雲の上に乗っているような場違い感は
いったい何なんでしょうか_| ̄|○

こんにちは。
いつもお世話になっております。
なぜ添付画像がボンクラーズなのかは
内緒にさせてください。

今日はブログ開設1周年です。
なんだかんだ言いながらここまで来られたのは
いつもコマメにアクセスしただいていている
皆さんのおかげです。
いつもコマメにネタを提供していただいている
永田さんの貢献度も高いかもしれません。

これからもボチボチと。

よろしくお願いいたします。

2005年7月30日 (土)

スパーク永田さん

7plynosl 道場でシャワーを浴びる
パフォーマンス。
(コメント不能)

川田のG1参戦を受けて
燃える永田さん。






ミスターIWGP「俺たちの永田さん」を生暖かくヲチする当ブログ。
デイリー記事より、面倒なので語録のみ。

「川田が出てきてオレの気持ちがスパークしてきた」

「ジャンピングハイキックだけは気を付けないとな。
 オレの顔に蹴りをぶち込める勇気があるなら、
 どうぞやってくれ


なぜか、「いいんだね。やっちゃって」
思い出してしまいました_| ̄|○

2005年7月26日 (火)

ちょっとお知らせ

久しぶりにプロフィール欄の近況を書き直し。
適当に関連リンクを貼りました。

最近は日記を書く気力が失せております。
心が休まる場所がない・・・

追悼・奥目の八ちゃん

我々関西人にとって、とりわけ30代の者にとっては
土曜のお昼は吉本新喜劇を見ることが一種の“文化”でした。
小学校から帰ったら、カバンを置いて、
昼メシを腹の中へと掻きこんで、
新喜劇を見終わってから遊びに行ったものでした。

記憶がアヤフヤですが
「花紀・岡八どどんとわらい60分」という番組もありました。
新喜劇では京やんのボケ、八ちゃんのツッコミという位置でしたが
八ちゃんのギャグはホンマ面白かったなあ。
彼のギャグは他の人がやっても全然絵にならないんですよねえ。

合掌するとともに、吠えさせてください。
ガオゥ〜〜〜〜〜

ツール・ド・フランス、新しい時代へ

ツール終わりましたねえ。

いやあ、アームストロングはやっぱり強かった。
全く危なげなし。
インデュラインが勝っていたときも
危なげはなかったのだけれども、
山岳では「もしかしたら・・・」と
いつも思っていましたが
(実際、96年の山岳で「もしかした」わけで
 インデュラインがズルズル遅れるのは衝撃的だった)
低ギヤ走行のアームストロングには
「もしかしたら・・・」が全然ないんですもん。

そして、アームストロングは引退します。

彼のツール初参戦は93年。
いきなり第8ステージでツール初勝利を挙げるも
「無理をさせない」というチームの方針で
山岳に入る前にリタイア。
94年、リタイア。
95年、第15ステージでアシストのファビオ・カザルテッリが
アスペ峠下りのガードレールに激突死。
第18ステージでステージ2勝目、カザルテッリに勝利を捧げる姿に感動。
初完走で総合36位。
96年、リタイア。この年睾丸ガンが発覚。
ガンは既に肺と脳に転移。

アームストロングは“グレッグ・レモンの後継者”として
鳴り物入りでアメリカからツールにやってきましたが、
「ツール参戦4回、うち完走わずか1回。ツールステージ2勝。」
こんな期待はずれの選手で終わるはずでした。
そして96年、インデュラインが6連覇に失敗して引退したあとは
パンターニとウルリッヒが覇権を争う勢力図になっており
実際97年はウルリッヒ、98年はパンターニがツールを制しました。
98年にはツール参戦チームの組織的なドーピングが発覚、
ロードレース界は大混乱となっていました。

その大混乱のなか、アームストロングは過酷な化学療法により
死の淵から這い上がっていました。
98年にアメリカのナショナルチームともいうべきUSポスタルが誕生、
その新しいチームと契約して99年にツールに帰ってきました。

ナンバー“181”。
まさに「弱小(19番目の)チームのエース」としてのツール参戦でしたが、
この年はパンターニもウルリッヒもいなかったとはいえ
ステージ4勝を挙げて初のマイヨジョーヌ。
00年はステージ1勝ながらもパンターニとウルリッヒを打ち負かして
文句なしの2連覇。
01年、ステージ4勝で3連覇。
02年、ステージ4勝で4連覇。
03年、ステージ2勝(うち1勝はチームTT)で5連覇。
04年、ステージ6勝(うち1勝はチームTT)で6連覇。
そして今年、USポスタルがディスカバリーチャンネルとなり
ステージ2勝(うち1勝はチームTT)で7連覇。

「ツール参戦11回、うち完走8回。7連覇。ステージ25勝。」
いつの間にか“化け物”になっていたアームストロング。
あまりにも華麗な「死の淵からの生還」。

判官びいきの性格ゆえ
キアプッチやブーニョ、ロミンゲル、ツェーレ、パンターニに
「打倒インデュライン」を託したように、
ベロキやバッソに「打倒アームストロング」を託したのだけれども
マイヨジョーヌを着たまま引退してしまいました。

表彰式には息子と双子の娘がいました。
ガンから回復するのを待って、
冷凍精子から生まれた3人の子供たちです。
実力絶頂のまま自転車競技をリタイアしてまで
子供たちと過ごすという選択は
死の淵を一度覗いた者ゆえに容易くできることなんでしょうね。


さて、来年のツールにはたぶんアームストロングはいません。
再び群雄割拠の時代に入ります。

今ツール、バッソの成長は十分感じました。
山岳で自ら何度も仕掛けながらも
アームストロングからのタイムロスはわずか。
そして、昨年ダメダメだったTTがかなり強くなっており
ジロでのTTの結果がフロックでなかったことがわかりました。
「ポスト・アームストロング」としての力はまだまだですが
今後が楽しみなのは確かです。

アームストロングが去ったあとのディスカバリーチャンネルで
誰がツールのエースを務めるのかが見ものです。
マリアローザのサヴォルデリ、マイヨブランのポポヴィッチ、
そしてTモバイルからヴィノクロフが移籍してきます。
誰がエースになってもチーム力はこりゃ強いわ、と思います。
別府くんも頑張って欲しい。

今ツール、ウルリッヒは山岳で苦戦しました。
いつも言われているウェイト調整はどうだったんでしょうか。
しっかり管理できていればまだまだいけると思うのですが。

ラスムッセンはうまく山岳ポイントを集めたという感じ。
(ヴィランクもそんな感じだったけど。)
“峠の蒸気機関車”キアプッチやパンターニのような、
急激な登り坂をまるでまわりが止まっているかのように駆け上がれる
レーサーが出てきて欲しいですね。

ツール第21ステージ

21e etape
Corbeil-Essonnes --- Paris 144.5km


Winner: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO)

Maillot Jaune: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 86゚15'02"
2nd: 021 BASSO Ivan (CSC) +4'40"
3rd: 011 ULLRICH Jan (TMO) +6'21"
4th: 031 MANCEBO Francisco (IBA) +9'59"
5th: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) +11'01"
6th: 164 LEIPHEIMER Levi (GST) +11'21"

Maillot Vert: 106 HUSHOVD Thor (C.A) 194pts
2nd: 121 O'GRADY Stuart (COF) 182pts
3rd: 041 MC EWEN Robbie (DVL) 178pts
4th: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) 158pts
5th: 094 DAVIS Allan (LSW) 130pts
6th: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 118pts

Maillot a pois: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) 185pts
2nd: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 155pts
3rd: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 99pts
4th: 101 MOREAU Christophe (C.A) 93pts
5th: 052 BOOGERD Michael (RAB) 90pts
6th: 061 BOTERO Santiago (PHO) 88pts


最終ステージはシャンゼリゼへと続くパレード走行。
しかし今年もマイヨヴェール争いが決着してなく、
スプリンターにとっては気の抜けないレースとなるはずでした。

ところが、マイヨヴェール争いよりも熱かったのが
総合順位を1つでも上げるべく走ったヴィノクロフ。
今ツール最後の山岳ポイントを
パレード的にアームストロングがトップ通過したあと、
最初のスプリントポイントでヴィノクロフが逃げます。
そして、それを追うのがライプハイマー。
前日までの総合5位のライプハイマーと
総合6位のヴィノクロフとのタイム差はわずか2秒。
スプリントポイントをヴィノクロフ、ライプハイマーの順に通過し、
それぞれ6秒と4秒のボーナスタイムを得て
この時点で同タイムとなります。

2つ目のスプリントポイントでもマイヨヴェール争いはなく、
そのまま8周まわるシャンゼリゼ周回コースへ。
1周目で時計が止められ、アームストロングの7連覇が決定。
残り1周でアタックしたのは今ツール目立たなかったマクギー。
これにフスフォウト、オグレディ、マキュアンは反応せず、
総合5位をめざして追いかけたのがヴィノクロフ。
ゴール前でヴィノクロフがマクギーの番手から差しきって
今ツール2回目の勝利とボーナスタイム20秒を獲得、
ライプハイマーを抜いて総合5位に浮上しました。

結局、シャンゼリゼの表彰台にはマイヨジョーヌのアームストロング、
2位はバッソ、3位はウルリッヒという3強の面々。
マイヨブランアポワルージュはラスムッセン。
マイヨヴェールはステージ7位でゴールしたフスフォウトが守りきり、
マキュアンの2年連続マイヨヴェールはなりませんでした。
(第3ステージでのオグレディへの頭突きがなければ楽勝だったのに)

2005年7月24日 (日)

ツール第20ステージ

20e etape
Saint-Etienne --- Saint-Etienne 55.5km


Winner: 001 ARMSTRONG Lance (DSC)

Maillot Jaune: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 82゚34'05"
2nd: 021 BASSO Ivan (CSC) +4'40"
3rd: 011 ULLRICH Jan (TMO) +6'21"
4th: 031 MANCEBO Francisco (IBA) +9'59"
5th: 164 LEIPHEIMER Levi (GST) +11'25"
6rd: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) +11'27"

Maillot Vert: 106 HUSHOVD Thor (C.A) 175pts
2nd: 121 O'GRADY Stuart (COF) 160pts
3rd: 041 MC EWEN Robbie (DVL) 154pts
4th: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 118pts
5th: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) 117pts
6th: 094 DAVIS Allan (LSW) 110pts

Maillot a pois: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) 185pts
2nd: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 155pts
3rd: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 96pts
4th: 101 MOREAU Christophe (C.A) 92pts
5th: 052 BOOGERD Michael (RAB) 90pts
6th: 061 BOTERO Santiago (PHO) 88pts


第20ステージはTT、これで上位総合順位はほぼ決定します。
細い道幅、激しいアップダウン、タイトなコーナー、
サンテチェンヌはまさにテクニカルコース。
総合順位が絡む非常に面白いステージとなりました。
(以下、選手名あとの括弧内の数字は前ステージまでの総合順位)

17.0kmの中間計測地点をトップタイム通過したのは、なんとバッソ(2)。
TTの実力ではアームストロングやウルリッヒからは一歩劣るので、
序盤から飛ばしすぎと思われました。
余裕のあるアームストロング(1)はバッソから7秒遅れ。
以下、ウルリッヒ(4)+17秒、ヴィノクロフ(8)+29秒、
エヴァンス(7)+40秒、ジュリック(18)+41秒、ランディス(9)+46秒の順。
そしてある意味最も注目を集めた前日まで総合3位のラスムッセンは
不幸にも序盤で落車し、2分15秒遅れの42番手。
その他上位勢は、マンセボ(5)が+1分10秒の10番手、
ライプハイマー(6)は+1分14秒の13番手、
ペレイロ(10)は+1分14秒の11番手につけます。

35.0kmの補給ポイントであっさりアームストロング(1)が逆転。
ウルリッヒ(4)もバッソを上回って19秒遅れの2番手となり、
バッソ(2)はやはりペースが落ちて+53秒。
以下、ジュリック(18)+1分、ヴィノクロフ(8)+1分、
ランディス(9)+1分5秒、エヴァンス(7)+1分15秒の順。
マンセボ(5)が+1分42秒の9番手、
ライプハイマー(6)が+2分12秒の17番手、
ペレイロ(10)が+2分12秒の18番手。
ラスムッセン(3)は自転車交換が裏目に出て交換を繰り返し、
この時点で5分27秒遅れの106番手と沈んで、
あっさりシャンゼリゼの表彰台を失いました。
ウルリッヒだけでなくマンセボにも総合順位を抜かれます。

40.2kmの中間計測地点、トップタイムはアームストロング(1)。
以下、ウルリッヒ(4)+32秒、ヴィノクロフ(8)+1分10秒、
バッソ(2)+1分18秒、ジュリック(18)+1分28秒、
エヴァンス(7)+1分34秒、ランディス(9)+2分1秒の順。
マンセボ(5)が+2分51秒の9番手、
ライプハイマー(6)が+3分13秒の14番手、
ペレイロ(10)が+3分25秒の15番手。
ラスムッセン(3)は+6分26秒の83番手で総合5位のまま。

49.7km地点、依然トップタイムはアームストロング(1)。
以下、ウルリッヒ(4)+32秒、ヴィノクロフ(8)+1分21秒、
ジュリック(18)+1分38秒、バッソ(2)+1分50秒、
エヴァンス(7)+2分1秒、ランディス(9)+2分9秒の順。
マンセボ(5)が+2分43秒の10番手、
ライプハイマー(6)が+3分6秒の13番手、
ペレイロ(10)が+3分18秒の15番手。
ラスムッセン(3)は+7分18秒の81番手で総合5位をキープ。

55.5kmのゴール、勝ったのはアームストロング(1)。
タイムは1時間11分46秒で今ツールは初勝利。
おそらく最後のツールステージ勝利となります。
ラストにウルリッヒ(4)がタイムを詰めて23秒遅れの2位、
総合3位に浮上しシャンゼリゼの表彰台をほぼ手中に。
3位は1分17秒遅れのヴィノクロフ(8)、総合6位に浮上。
4位は1分33秒遅れのジュリック(18)。まだまだ健在。
バッソ(2)が5位に粘る健闘で総合2位を守りました。
TTでのウルリッヒとのタイム差、1分31秒をいかに詰めるかが
“アフター・アームストロング”の焦点となるでしょう。
6位はランディス(9)+2分2秒、7位はエヴァンス(7)+2分6秒。
マンセボ(5)は+2分51秒の9位に粘り、総合4位に順位を上げました。
ライプハイマー(6)も+3分14秒の14位ながら総合5位に。
+3分25秒で15位のペレイロ(10)がなんとか総合10位をキープ。
結局ラスムッセン(3)は+7分47秒の77位。
ラストの5.8kmでライプハイマーとヴィノクロフに総合順位を抜かれて
このステージで総合7位まで順位を下げてしまいました。

これで、アクシデントがない限り
アームストロングのマイヨジョーヌが確定!!
新人賞もアームストロングのアシスト・ポポヴィッチで確定し、
残るジャージ争いはシャンゼリゼでのマイヨヴェールを
残すのみとなりました。

2005年7月23日 (土)

冬木の死と、橋本真也と、「キレイゴト」

橋本真也が亡くなった日、
急死の知らせを聞いたとき、
ブログにはこんなことを書いた


「橋本真也が死んだ」

友人からのメールはこの8文字だけ。

そんなアホなことがあってたまるかと
ネットをつなげると
どうやら本当のようだ。

冬木のことを思い出した。
冬木の死に方は本当に格好よかった。

こんな死に方なんて、あんまりだ。



冬木の名前がある。
今にしてみればあまりにも皮肉であるが、
ただふつうに、冬木のことが浮かんだのだ。


そして、ブログに「冬木の死に方」の話をした
冬木の死に方に憧れていること。
冬木のように死ぬためには、
なぜ冬木が最期の相手として橋本を選んだのかを
答えられる必要があること。
そんな話をまとめた。


翌日、各スポーツ紙の橋本に対する記事の1つに
橋本が離婚していたことが書いてあった。
その翌日、橋本が倒れたのが
冬木未亡人宅であることを知らされた。
心の動揺を素直に書いた


−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

冬木の死の8日前。
冬木はリングの上で橋本に電流爆破マッチを訴え、
それを受諾した橋本に頭を下げていた。
冬木を横から支えている若い衆の存在が
冬木が立っているだけで精一杯であることを示していた。
『理不尽大王』が深々と頭を下げている姿は
あまりにも強烈であった。

橋本は何度も確認していた。
「奥さん、いいですか?」
涙をためて深々とお辞儀をしていた冬木夫人の姿は
当の冬木本人以上に強烈な印象を与えた。

全くもって無茶な話だ。
あの金村キンタローでさえ冬木を止めていた。
それでも冬木は、最期までプロレスラーとして生き、
冬木夫人は、黙ってその夫の生き方を支持することを選んだ。
その心情を思い諮ろうとすると心が痛む。

冬木は「悲しい別れ」ではなく「新たな旅立ち」として
皆に見送られて出発していった。
よって、冬木夫人は冬木の「新たな旅」を
ずっと見守り続けるのだ、と
そんな風に思っていた。
「冬木の死に方」に憧れたのは、冬木本人の行動だけでなく
冬木夫人の行動に依る所のものが大きいと思う。

−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

冬木についてはその晩年しかよく知らないので断言できないが、
冬木と橋本の接点はこれが最初で最後ではなかったかと思う。
橋本がリングの上から冬木夫人へ試合の確認をした時点では
お互い面識がなかったのではないかと思われる。


今日の各スポーツ紙には
橋本と冬木夫人が婚約していたことが
記事として挙げられていた。

橋本が冬木未人宅で倒れたということを知ったことにより
彼等が男女関係の仲にあったことは容易に承知できた。
これについては、誰も彼等を非難できない。
冬木が最期に橋本を選んだことをきっかけにして、
橋本は親身になって冬木未人や
冬木の子供達の世話をしていたのだろう。
橋本はとてもいい奴だから。

それでも、やはり冬木夫人は
冬木弘道の夫人・冬木薫として
冬木の「新たな旅」を見守り続けて欲しかった。
それが、憧れる“かっこいい死に方”の必要条件である。
冬木はプロレスラーとして「旅」をしているのに
その帰りを待っていないなんて
あまりにも寂しいではないか。
この意見は本当に奇麗事だけれども、
冬木を「新たな旅立ち」として見送った以上、
書類上のことだけでもよいので
“スジ”は通して欲しかったとも思う。


結局、「冬木の死に方」は
憧れるべき死に方ではなかったという結論に至った。

これは個人的な意見であり、
冬木本人は全然違う考え方かもしれない。
冬木もいい奴だから、
冬木夫人の再婚についても
喜んで賛成していたのかもしれない。

でも、悲しい哉。
橋本も死んでしまったのである。
何べんも罵って本当に申し訳ないが、
橋本の死に方は、あまりにも無様だと思う。


あらためて、橋本真也選手のご冥福をお祈りします。
武藤、蝶野、小川、大谷が指揮を取って
「プロレス葬」というものをやってくれるそうです。
どうぞ安らかに、向こうでは冬木と仲良くやってください。

ツール第19ステージ

19e etape
Issoire --- Le Puy en Velay 153.5km


Winner: 012 GUERINI Giuseppe (TMO)

Maillot Jaune: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 81゚22'19"
2nd: 021 BASSO Ivan (CSC) +2'46"
3rd: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) +3'46"
4th: 011 ULLRICH Jan (TMO) +5'58"
5th: 031 MANCEBO Francisco (IBA) +7'08"
6th: 164 LEIPHEIMER Levi (GST) +8'12"

Maillot Vert: 106 HUSHOVD Thor (C.A) 175pts
2nd: 121 O'GRADY Stuart (COF) 160pts
3rd: 041 MC EWEN Robbie (DVL) 154pts
4th: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 118pts
5th: 094 DAVIS Allan (LSW) 110pts
6th: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) 107pts

Maillot a pois: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) 185pts
2nd: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 155pts
3rd: 101 MOREAU Christophe (C.A) 92pts
3rd: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 92pts
5th: 052 BOOGERD Michael (RAB) 90pts
6th: 061 BOTERO Santiago (PHO) 88pts


第19ステージは翌日にTTを控えた上での作戦となります。

序盤でグエリーニとカザルがアタック、
これにペレイロとペリゾッティを加えた4名の逃げを
10名程度の追跡組を挟んで大集団が追う展開。
しかし、明日のTTに向けて脚を使いたくない集団は
追跡組を挟んだ上での4名の逃げを許し、
ラスト1km近くでグエリーニが完璧なアタック。
99年ラルプデュエズ以来のツール2勝目となりました。

大集団の先頭・14位はマイヨヴェール争い。
マキュアン、フスフォウト、オグレディの順にゴールを通過し、
それぞれポイントを稼ぐも大勢に影響なし。
この結果、彼らがポイントを取れそうにないTTを無視すると
マキュアンだけでなくオグレディも自力でのマイヨヴェール獲得は消滅。
フスフォウトがシャンゼリゼでのマイヨヴェールに王手をかけました。

2005年7月22日 (金)

ツール第18ステージ

18e etape
Albi --- Mende 189km


Winner: 098 SERRANO Marcos (LSW)

Maillot Jaune: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 77゚44'44"
2nd: 021 BASSO Ivan (CSC) +2'46"
3rd: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) +3'46"
4th: 011 ULLRICH Jan (TMO) +5'58"
5th: 031 MANCEBO Francisco (IBA) +7'08"
6th: 164 LEIPHEIMER Levi (GST) +8'12"

Maillot Vert: 106 HUSHOVD Thor (C.A) 164pts
2nd: 121 O'GRADY Stuart (COF) 150pts
3rd: 041 MC EWEN Robbie (DVL) 142pts
4th: 019 VINOKOUROV Alexandre (TMO) 107pts
5th: 094 DAVIS Allan (LSW) 101pts
6th: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) 84pts
6th: 162 FORSTER Robert (GST) 84pts

Maillot a pois: 057 RASMUSSEN Mickael (RAB) 185pts
2nd: 068 PEREIRO SIO Oscar (PHO) 135pts
3rd: 001 ARMSTRONG Lance (DSC) 92pts
4th: 052 BOOGERD Michael (RAB) 90pts
5th: 101 MOREAU Christophe (C.A) 89pts
6th: 061 BOTERO Santiago (PHO) 88pts


第18ステージは今ツール最後の山岳ステージ。

序盤で10名が逃げ、結局集団に追いつかれぬままゴールとなりました。
その中でラスト15kmで最初に仕掛けたのがダクルス。
しかし、序盤から逃げ組を引っ張っていたため失速し、
変わってヴォクレール、ヴァスール、セラーノ、メルクス息子が
逃げ組から抜け出しました。
ラスト前のカテゴリー2級の登りを生き残ったセラーノがツール初勝利。

集団からは、この日もバッソのアタックで
“3強”とエヴァンスの4名が抜け出してゴールし、
総合3位のラスムッセンはここから37秒遅れました。
これでラスムッセンと総合4位のウルリッヒの差は2分12秒。
実はラスムッセンの第1ステージTTは189人中174位。
シャンゼリゼ前のTTで2分12秒が守れるか微妙になってきました。
それでもこの日で、ラスムッセンはシャンゼリゼ完走条件で
マイヨブランアポワルージュが決定!!
スプリント3強のポイント獲得はなく
マイヨヴェールはフスフォウトが守りました。