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2006年3月

2006年3月31日 (金)

うどんのダシが美味しい日

3月31日の日記

タイガースは開幕黒星。
これはこれまでの「実績」を考えると吉兆か。

前原さんはじめ民主党執行部が総退陣だそうな。
ダメダメ議員一人の所為で気の毒な気もするが、
ケツの拭き方・拭かせ方を間違えたらエラい目に遭うという好例。
決して他人事でない。

判断ミスといえば、今日の自分も何から何まで裏目ってばかり。
よくもここまで上手くいかんもんやなとイライラ。
そんなんで、言いようのない不安を抱えたまま、新年度に突入。
ホンマ、胃が痛い。

2006年3月30日 (木)

村岡判決を受けて

日本歯科医師会から自民党旧橋本派の1億円ヤミ献金事件に関して、
村岡元官房長官に1審での無罪判決が出された。
客観的な状況を踏まえると、この無罪判決を支持したい。
ここで、検察側がどうでるかが見ものだ。
控訴するのか、あるいは、ターゲットを真の黒幕に移すのか・・・

この事件は、日本が本当の意味での法治国家なのかということを
試されている事件だと内心思っている。
ホンモノの「毒まんじゅう」を食わせたのは誰か?
今後の捜査・裁判を生暖かくヲチしたい。

クシャミと咳が交互に出た日

3月30日

昨日の日記でものすごく重要なことを書き忘れた。

青葉タン スク水マンセー!!

いやホント、昨日のサンデーのあだち充は神ですよ。

咳払いひとつして、プロフィール欄を更新。
視力低下はイヤンなので、もう少し節制したいところ。

2日間の勉強会@大阪が終了。
勉強不足を痛感。しっかり復習したい。

のどに違和感、どうも風邪をひいたようだ。
毎年、花粉症シーズンの締めに風邪をひき、
風邪が治ると同時に花粉症の症状も収まるというパターンだが、
今年はちょっと早すぎる。
昨日食った「白カマ」、今日も昼食と夕食に1つずつ。
もう中毒と化したかもしれない。
相変わらず、サッカーにはまるで興味ないのでスルー。


[追記] 4/26 21:48
プロフィール欄更新に伴い転記

近頃の不可解な視力低下について
医者の診察を受けてきました。
もともと軽い近視ではあったのですが、
それにtime-dependentな
重度の乱視が加わっており、
それも通常の正乱視ではなく
不正乱視というものだそうです。
time-dependentな現象なので
伝達系に問題があるのでは?という意見。
ともかく強烈なほどの寝不足と
栄養(ビタミン類)のアンバランスを
改善すべきとのことでした。
なるほど、そう言われると
ビタミンB群やCに比べて、
ビタミンAは油溶性ということもあって
うまく摂取できていなかったかもしれません。
睡眠とビタミンバランスは
本当に考えていきたいところ。

2006年3月29日 (水)

おけいはんで熟睡した日

3月29日

北大津は残念。でもよくやったと思う。
それからライオンズ炭谷。満塁含む2発6打点。
やっぱり(・∀・)チゴイネ!!

今日は大阪にて勉強会。
その後、いろいろ予定を立てていたのだけれど
思いっきり空振りしてスゴスゴと職場に退散。
明日も続きをするのでどうなるか?

敷島パンの「白いカマンベールケーキ」が美味い。
これは不覚。なぜ今まで食ってなかったんだろう。
ハマリそうな予感。
以下、“白カマ”と呼ぶ。

2006年3月28日 (火)

エスプレッソカフェが美味しい日

3月28日

雨なのに、花粉症の症状がいつもよりひどい。
昨日は調子良かったのに・・・orz
頭痛も相変わらず。

昨日はややのんびり。
今日は雑用でバタバタ。
いろいろあるよね、全く。

愛飲しているカゴメの「野菜一日これ一本」の
大ペットボトルを買った。
さすがに、この大きさで「これ一本」はまずいやろと思ったら、
「野菜一日これ一杯」とネーミングを替えてあった。
なるほど思ったが、ホームページを覗いたら
「これ一本」と「これ一杯」が別商品のように並んである
同じもんやろ!!と軽くツッコミ。

姉歯元建築士夫人が自殺したそうだ。
一連の偽装事件において、なんのことはない
最初の“犠牲者”になってしまった。
誰の所為?と詮索するのは野暮であるが、
この事件について必要以上に騒ぎ立てていなかったか、
マスゴミ連中はもう少し自戒してはどうか。

ダービーまとめ?(手抜き)

まずは赤競の検車場レポートをリンク。

初日 2日目 3日目 4日目 5日目

最終日、大津びわこ競輪場に到着すると、
優勝戦11Rの投票締め切り3分前。
慌てて吉岡からの3連単を何点か購入してスタンバイ。
スタンド2階の南側、30番モニタに陣取ると、
まず映り出されてきたのが10R順位戦の失格映像。
小嶋が思いっきり内抜き、というかずっと内側走ってる。
「小嶋、アホちゃうか」「何考えとるんやろ」という
オッサンたちの冷たい声がコダマする。

11R優勝戦は、いわゆる逃げ屋はおらず、
逃げが打てるのは吉岡だけの先行1車。
番手の小倉に有坂が付ける3車ラインということで
断然吉岡有利の前予想。
こういうときにあっさり負けるのも吉岡なんだが・・・

30番モニタ前に作業ツナギを着た若い茶髪の2人組がやってきた。
1人は競輪に詳しいようで、もう1人にいろいろ解説している。
まずは、号砲後に誰が誘導に付けるかを
「スタートで加藤が出るで。いや、稲村かな?」などと解説しているが、
大方の予想どおり、Sは小倉が取る。
これは吉岡との作戦だったようだ。
そのまま小倉が吉岡を前に受け入れて、吉岡は前々からのレース。
レースが動く。後閑が吉岡の番手を狙って競りに出た。
小倉と有坂は一旦引いて、外から上がっていく。
そして打鐘後さらに外から稲村が仕掛けたとき吉岡が発進。
「はやい!!、はやいわ吉岡!!」
まるでスレッガーさんに呼びかけるようなツナギの兄ちゃん。
確かに少し早仕掛けか・・・と思われたが、
吉岡の後ろが後閑・小倉・稲村の団子状態で
そのうちもつれて小倉・稲村・阿部・富生と大量落車。
これで、最終3角では吉岡−後閑−慎平と一列になり
「後閑や!! いや、加藤や!!」
と兄ちゃんが絶叫したように、吉岡の番手にスッポリはまった後閑と
すごいダッシュで捲りを打ってきた慎平の有利な展開となったが、
4角回っても吉岡のスピードは衰えず、
後閑と慎平は吉岡後位で競るしかなくなる。
ゴール前、脚を貯めていた有坂が急襲するも
吉岡が1車輪の差を残してゴール。
ゴールの瞬間、モニタの前の全員が
「ヨシオカッ!!」と叫んでいた。

ついに吉岡が勝った。復活した。
憎たらしいほど強かった吉岡がついに戻ってきた。
「日本のセナ」と言われた吉岡が。

最後に吉岡が特別を勝ったのが99年8月大垣の全日本選抜。
あのレースはよく覚えている。
あれは内林が勝つはずのレースだったから。
内林は安福とのハウスで車体故障に散った。
それを尻目に吉岡が1着でゴールをつき抜け、
ついにグランドスラムに王手をかけたのだ。
・・・あれ以来、あと残したオールスターどころか
1つも特別を獲れていなかったのだ。

その間、吉岡は落車によるケガをはじめ
いくつもの不調の波によって低迷していた。
99年までは毎年のように出ていたグランプリにも出場しなくなり、
03年こそ共同通信社杯を勝って、GPにも1/4車輪差の2着ではあったが、
特別制覇には届かなかった。
それでも、吉岡は常に「西の横綱」として
第一人者を演じなければならなかった。
頂点を一度極めたものが、低迷しているなかでも
常に第一人者としての結果を期待される。
これは本当に厳しいことだと思う。
期待に応えられないことに、
本人自身が最も苦しんでいたのではないかと思う。

吉岡は男泣きに泣いていた。
そして現場ではファンが吉岡コールを絶叫していたそうだ。
(そういや、昨年の松戸ダービーは
 堂本千葉県知事への「帰れコール」が大勢を占めていたなあ。)
そりゃそうだろう。
競輪界でNo.1のヒーローが帰ってきたのだから。
びわこ競輪場でも泣いていたのは、自分だけじゃなかったはずだ。

吉岡のダービー制覇は4度目。
これで滝澤先生を抜いて競輪史上単独トップになった。
さあ、次に吉岡が残している仕事はオールスター。
昨年いけると思ったが、今年はどうか?

2着の有坂は、競輪祭3着もあり、ほぼGPが確定か。
こうなりゃ、伏見か岡部にもGPに乗ってきて欲しいところだろう。
ただし、福島勢はその一人だけという条件で(笑)

“綱獲り場所”と評された慎平は3着。
優出したのはさすがだが、ただ決勝レースは最低の部類だと思う。
あまりにも漁夫の利を狙いすぎた感じ。
もっと先に動けたはずだし、富生にも迷惑をかけた。
まだまだ課題はある。

車券のほうは、有坂を切ったのでハズレ。
なぜ有坂を切ったのかいま考えても理由がわからん。失敗した。
ところで、落車した連中がすべて再乗してゴールしたのは微笑ましかった。
それだけでウン百万も違うし、さすがダービー決勝。

滋賀勢の成績は、まず内林が3・�・�・9。
近畿勢で準優戦まで勝ち上がったのが内林だけというのが不運だった。
金山は相変わらずの徹底先行でまずまずの7・2・9・3。
中井護は8・7・6帰郷と4戦走れなかった。

次のビッグは月が変わったらもうすぐ、
ふるさとダービー小松島(GII)。

2006年3月26日 (日)

競輪場で涙した日

3月26日

午後から諸雑用のため職場入りし、作業終了後に競輪場に向かうと
到着したのが優勝戦の投票締め切り3分前。
慌ただしく3連単を何点か買い、いつもの30番モニタの前に陣取る。

レースは、逃げた吉岡が完勝。
最後思わず「ヨシオカッ!!」と大きく叫んでしまった。

吉岡は泣いていた。
7年間、負けても負けても「第一人者」と言われ続けるなか、
結果が伴わない辛さや苦しみは想像に難くない。
本当に吉岡が勝ってよかったと、こっちも涙が止まらなくなった。
それを笑う奴は競輪なんか辞めちまえ。

時代が変わったこと

昨日のWBCバンダム。
時代が変わったことをまざまざと見せつけられた。

前回ウィラポンが負けたときも、
「また時代が変わる」と強烈に思ったが、
今回のは特別だ。ウィラポンが倒れたのだから。

時代が変わった。

長谷川はきっと素晴らしいチャンピォンになるだろう。

2006年3月25日 (土)

やわちーが恋しい日

3月25日

少し気が抜けたのか、花粉症の症状が悪化中。
そして、視力低下の件、医者を予約。
たぶんいろいろと検査になると思われる。

今日は昼の3時頃まで爆睡。
寝たのが朝9時やったので、こんな日もある。
メシを食わせてもらいに母屋に行くと
ちょうど選抜(もちろん高校野球)の北大津戦がはじまるところで、
自称・阪神総監督の親父が北大津の先発ピッチャーの立ち上がりを見て
「おっそい球やなあ、オレでも打てるで。」
「あんなんデッドポールでも痛ないやん。」
「守備もヘタクソやし、こんなんボロ負けやわ。」
などと、1点先制されたあたりで酷評していたわけだが、
その甲斐あってか、どうも北大津が逆転勝ちしたようで
どことなくウチの親父にもデーブ臭が漂いはじめたように思うのだが、
性格が全然違うので安心しているところではある。

知らぬ間にパシフィックが開幕。
ライオンズの炭谷がスタメン、かつ
ゲームセットまで守備に就いていたようだ。凄い奴やなあ。

ダービー準優戦、内林は残念だったがまあ仕方ない。
決勝は、いわゆる逃げ屋が不在。吉岡が行くのか。
慎平、オグリューが優出しているあたりはさすがだ。
それにしても、順位決定戦のメンバーが1番車から
岡部・武田・慎太郎・手島・大塚・平沼・小嶋・兵藤・伏見と
もの凄いメンバー。
こちらのほうが見応えがあるかも。

2006年3月24日 (金)

ヒゲがチクチクする日

3月24日

プロ野球も開幕直前、
ジャイアンツ岡島−ファイターズ実松・古城のトレードに
まずは驚き、すぐに納得、そしてちょっと残念。
何が残念かというと、
やはり実松がジャイアンツに行ってしまうこと。
「スラガガー」「三振アーティスト」などの異名をもつ個性が
ジャイアンツで潰えてしまわないか心配だ。
ああいうタイプはパシフィックで
ゆっくりと育んで(?)欲しかったんだけれど。

ダービーはもう明日が準優戦。
昨日の3日目は内林が二次予選を奇跡の1着でパス。
そのレース、澤田は車体故障で残念だったが、
あれは廣川が失格になるはずなのに
こちらも奇跡の地元裁定でセーフ。
やはり絶対に統一基準みたいなものが必要だ。
今日はGDR賞で「岡部−慎太郎問題」。
有坂と3人だから、競輪祭の決勝と同じなのだが
今回は有坂のリードで岡部−慎太郎−有坂となる。
結果は・・・まあ、GDR賞ということで。
そして明日も岡部と慎太郎が同乗と
番組屋が北日本勢を潰すのに必死になっているのがわかる。
先日のエントリーで
近畿勢はかなり期待できるのでは、と書いたが、
なんと奇跡の内林のほかは、全滅orz
とくに今日の村上には内林もためにも
何とか勝ちあがってもらいたかったのだが・・・

今朝にようやく二つ目のヤマも越え、
今日はいろいろと来客があったものの
久しぶりにたっぷりと昼寝ができて、体力もやや回復。
ただ視力の低下があまりにもひどく
医者に相談しようと思っている。