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2010年5月29日 (土)

それではごきげんよう

人間のなかにはよく似た顔の人がいて、それが話題になることがある。
得てしてこうした話題は友達どうしのなかでの格好のネタになるのだが、
幸いにも私の場合、自分の顔に似た人というのはいないようで、
このような話題のネタからは外れてばかりだった。

しかし、似た人が誰もいないというのも寂しい。
「なあ、オレって有名人でいうと誰に似てる?」
こんな言葉を吐いたのは、生まれてこのかた、たった1回。
おそらく中学1年か2年のときだったと思う。
友人から帰ってきた回答は「ラッシャー木村」orz

・・・ちょっと待て。それはないだろう。
確かに体も大きいし、当時丸刈りだった頭も相当にでかい。
体そのもののでかさに、体と頭の大きさのバランスも合わせると
なるほどシルエットはラッシャー木村のような風情でもある。
でもなあ、もうちょっと個々のパーツを見てくれよと。
絶対にラッシャー木村じゃないだろう。
私は思わず叫んだのだった。
「オイ、待てコノヤロー!!」

 
 

国際プロレスが崩壊し、ラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇の
「はぐれ国際軍団」が新日に“殴りこみ”をかけた1981年は、
ちょうど初代タイガーマスクが新日のマットに上がり始めた頃で、
小学生だった私の注目と熱狂は、すでに猪木よりも
躍動感がほとばしるタイガーマスクに向いていた。
ましてや、猪木相手のよくわからないヒール軍団などに興味はなかった。
9・23田園コロシウムのこともよく覚えていない。
ただ、同じクラスにものすごくプロレスが好きな奴がいて、
あの9・23のことをいつも面白おかしく語っていた。

あの“殴りこみ”の場面、何をやっても、何を言ってもOK。
でも「こんばんは」だけはアカンて。普通に挨拶て。
どうやって団体対抗戦というストーリーにつなげるねんな。

いや、いま振り返ってもまさにそうだと思う。
でもあの時、自分たちのことを「わたくしたち」と言うほど
ラッシャー木村は真剣だった。
それは本当にすごいことだと思った。
ラッシャー木村が新日マットに上がっていた時期は
ちょうど初代タイガーマスクが新日で活躍していた時期とかぶっていて、
初代タイガーこと佐山聡が新日マットを去ると、
私の新日への熱狂も急激に冷めてしまった。
しばらくして、ラッシャー木村の新日での活動も終焉を迎えた。
その間のラッシャー木村は猪木にいいように扱われていた印象だ。

プロレスへの熱狂が冷めたとはいえ、
それでも時間が合えば新日と全日のTV中継は観ていたわけで、
全日に移籍したラッシャー木村の活躍は、
そのマイクパフォーマンスを中心に面白おかしく眺めていた。
とくに、“ファミ悪決戦”が始まってからの一連のムーブは芸術的で、
その締めを務めるラッシャー木村のウィットに富んだマイクは絶品。
訃報が届いたあと、動画サイトでかつての雄姿を随分と見たが、
哀しいはずなのになぜか笑ってしまう。そんな力があるマイク。

大学生の頃、友人とひどい喧嘩をした。心底腹が立った。
数日後、大学内でバタリと出くわした喧嘩相手はこう言った。
「オイ、お前のことをな、兄貴って呼ばせてくれっ!!」
なんだよ、いきなりラッシャーかよ。そんな謝り方ってありか?
私は拍子抜けするとともに、すっかりうれしくなってこう返したのだった。
「オイ、こちらこそ兄貴と呼ばせてくれよっ!!」
それから2人でラッシャー木村に関する笑い話をしあって、
すっかりわだかまりは消えた。プロレスが好きな奴に悪い人間はいない。

 
 

ラッシャー木村のプロレスラーとしての詳細な活動の足跡は
基本的に新日ファンである私が語るべきでないと思う。
全日やノアの試合はそれほどきちんとは見ていないし、
本当にラッシャー木村のプロレスを愛していた多くの方が、
それぞれの立場で熱く彼の業績を語っているのを目にした。
6月2日に発売になる次号の週プロでは追悼特集が組まれるだろう。
あるいは緊急別冊の追悼号が出るかもしれない。出てほしい。

それでもここに何か書き残そうと思ったのは、
やはり私にとって特別なプロレスラーだから。
びわ湖放送ではラッシャー木村を起用したCMも流れていたっけ。
近江八幡にある丸中製麺の静止画像CM。これも随分とネタにしたような。
なぜか身近なレスラーだったんだよな。

冒頭の内容に戻る。
ラッシャー木村に似てると言われたことは、
あまりにも恥ずかしくていままで公言したことはない。
何度も書いて恐縮だが、そもそも似てないんやもん。
しかし今回、ラッシャー木村の愛され具合をあらためて知るに至り、
四半世紀ほど前の「ラッシャー木村」という回答に対し、
ものすごく誇らしく感じるような自分がいる。
やっぱり似ているんでしょうかねえorz

ラッシャー木村さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
向こうでは、兄貴と仲良くやってください。
それではごきげんよう。さようなら。

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